大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(う)200号 判決 1997年8月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人巽昌章作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官村上秀夫作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、責任能力に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人は、言葉が通じず、不安で貧しい生活を強いられていたストレスと強度の酩酊状態が相まって突発的に不合理な行動に出たものであって、事理弁識能力を欠くか、これが著しく減退した状態にあったのに、被告人に完全な責任能力を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。

そこで、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討し、次のとおり判断する。

関係証拠によれば、被告人は、平成八年六月一五日、在留期間一五日の条件で入国後、不法に残留し、同年八月四日まで和歌山市内の韓国クラブ「甲野」で、その後、神戸市内の韓国クラブ「乙山」で、同年九月二一日から再び右「甲野」でそれぞれホストとして稼働し、同店の寮である肩書住居地で同僚ホストらと起居していたが、そのころから帰国したい思いに駆られるようになったものの、旅費がないため帰国できないでいたこと、犯行前日の午後五時過ぎから当日午前三時ころまで眠った後、午前四時ころから右「甲野」の店長や韓国人ホストらと同店の近くの居酒屋で飲食し、同人らに韓国に帰りたいと言ったが、もう少し稼いでからにせよなどと言われて強く落胆したこと、その際、「鎮路」というアルコール度数二五度の焼酎を三五〇ミリリットル入りのびんで一本余り飲んだが、さほど酔っていなかったこと、同日午前八時ころ、一人で右居酒屋を出て途中でタバコを買い、帰国したい思いを募らせながら寮に帰る途中、たまたま被告人を追い越して少し先に止まった車から被害者が下り、手提げ鞄を抱えて歩いて行くのを見て、とっさに、同人を手拳で殴りつけて右鞄を奪おうと考え、直ちにこれを追って行って犯行に及んだことが認められ、その間被告人の言動に格別異常な点は見受けられず、犯行の動機も了解できるのであって、被告人は、本件犯行時、事理弁識能力及びその弁識に従って行動する能力に欠けるところはなかったものというべきである。

なお、所論は、被告人は、平素の飲酒量の限界を超える量を飲酒して強度の酩酊状態であったというが、被告人の平成八年九月二八日付警察官調書(原審検乙四号証)によれば、被告人が平素飲酒する適量は、ビールであれば大瓶三本、焼酎であれば小瓶(三五〇ミリリットル入り)一本程度であること、Cの同年一〇月一一日付検察官調書(原審検甲一八号証)によれば、被告人はウイスキーをボトル半分くらい飲んでも多少どもったりするくらいで、わけが分からなくなるようなことはないことがそれぞれ認められるのであり、被告人の当日の飲酒量は、平素の量と大差なく、強度の酩酊状態となるほど多くなかったということができる。論旨は理由がない。

控訴趣意中、本件暴行の程度に関する主張について

論旨は、原判決は、被告人の行為を強盗致傷と認定して刑法二四〇条前段を適用したが、被告人は、被害者の反抗を抑圧するに足る程度の暴行に及んでおらず、この点原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りがある、というものと解される。

そこで、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討し、次のとおり判断する。

関係証拠によれば、本件犯行時刻は九月下旬の午前八時〇八分ころで、犯行場所は当時人通りのなかった住宅街の道路上であり、被告人は、前記のとおりの経緯で被害者に追い着きざま、後ろを振り向いた被害者の左頬を右手拳で横殴りに一回殴打し、被害者が持っていた手提げ鞄の方に手を伸ばして取ろうとしたが、被害者が右腕を被告人の首に回して締めつけ、そのまま被告人を道路沿いの壁際に押し倒して押さえつけ、「警察呼んでくれ。」と大声を挙げたところ、近くの住人が出てきて警察に通報し、被告人は、警察官が来るまでの数分間被害者に押さえ込まれたままの状態で、当初は抵抗して逃げようとしたが、まもなく抵抗するのをやめて「すいません。ごめんなさい。」と言って被害者に謝っていたこと、被害者は右殴打により顔面打撲、口腔切創の傷害を、その後被告人を押さえつけた際に右膝打撲、右肩左手右膝擦過傷の傷害を負い、右各傷害を合わせて約一週間の通院加療を要する旨診断されたこと、被告人は二三歳で、身長約一六五センチメートル、体重約五五キログラム、被害者は二六歳で身長約一七二センチメートル、体重約六四キログラムであり、いずれも普通の体格の男性であること、なお、被告人は被害者を認めた際、とっさに手拳で顔面を一回殴打すれば反抗されずに容易に手提げ鞄を奪うことができるものと思い込み、それ以上の暴行を加えることは考えていなかったこともあって、一回殴打した後は積極的に暴行を加えておらず、被害者は殴打された後直ちに被告人を取り押さえようとして前記のとおり組み伏せたことが認められ、以上のような諸点を総合すると、被告人の本件暴行は、いまだ被害者の反抗を抑圧するに足る程度には至っていなかったと解するのが相当である。そうすると、原判決が被告人の右暴行を被害者の反抗を抑圧するに足る程度に至っていたものと認定して強盗致傷罪の成立を認めたのは、事実を誤認し、法令の適用を誤ったものであるというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、その余の主張について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、刑法訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成八年九月二八日午前八時〇八分ころ、和歌山市北新元金屋丁一番地所在のA方北側路上において、B(当時二六歳)に対し、その所持する手提げ鞄を奪い取るため、その顔面を手拳で一回殴打する暴行を加え、よって、同人に対し、顔面打撲、口腔切創の傷害を負わせ、

第二  右同日時ころ、右同所において、右Bが所持する同人所有の手提げ鞄をひったくって窃取しようとしたが、同人に取り押さえられたため、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法二〇四条に、判示第二の所為は、同法二四三条、二三五条にそれぞれ該当するので、判示第一の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、本件犯行に至った経緯、犯行態様、傷害の程度、被告人に前科前歴がないこと、反省していることなど諸般の情状を総合して被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 佐の哲生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例